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焼肉業界に激震!?
2ヶ月ぶりのブログ更新!

色々ありましたがブログから遠のいていました!
スイマセンm(_ _)m


東日本大震災からもう少しで5ヶ月が過ぎようとしています。


私が実行委員として参加している【 EN project japan  】
現在も活動は幅広く行い、支援の輪も拡大しております。

EN project japan で今行っている大きなプロジェクトは

「 道内学生東北支援リレー 」

学生限定のボランティアツアーでJTBさんの全面協力の元、被災地復興の為にEN project japan の現地スタッフと一緒に活動できます!
自分だけでは・・・と思っていた人も安心して活動出来るのでとても良いツアーです!
現地の情報としては、行く場所や行った人の感覚の違いで間違った情報などが飛び交う場合もありますが、未だに「水」「食糧」が不足している地域も多数あります。
実際に行ってみるのは今後の日本を背負う学生達にとって非常に意味ある行動だと私は思います。
私自身2度現地に入りましたが、

「 日本人なら一度は見て、感じて欲しい。 現地の人に触れて少しでもリンクして欲しい。 」と感じました。


そして2つ目、
< EN Project Japan サッカー日本代表復興支援レプリカジャージ「adidas」×「EN Project Japan」>

ユニフォーム

8月10日に札幌ドームで行われるサッカー日本代表vs韓国代表で
北海道限定バージョンとしてチャリティレプリカユニフォームを販売!

その他にも現在色々と動いております!


そして本題。

東日本大震災から各業界今までにない動きがありますが、
食肉業界は過去例を見ない程の打撃を受けております。

というのも、皆様ご存知の
ユッケ食中毒事件(O-111)・O-157・セシウム汚染牛

全て牛肉を扱う業種での問題。

プライムでは18年営業しておりますが、
刺身を含む食中毒は発生しておりません。・・・が、
保健所からの要請によりユッケ・レバ刺しの販売を自粛しております。

そして、セシウム汚染牛。。。

これは、複雑な心境です。
農家さんとしたら牛に食べさせる餌の問題は深刻な問題だったと思います。
震災の影響で起きた事なので、国の対応が疑問視されますね。

お店として対応するには産地指定しかない訳ですが、
問題ないであろう牛肉を枝で購入した業者様は100万円以上の牛肉を
売ることすら出来ないわけですから、死活問題になりますよね。

焼肉店としては、お客様から「ここは大丈夫?」と聞かれる事も多くなりましたし、
実際にお子様連れのお客様が激減した様にも感じております。

私が創業者よりお店を託された時に、
「 今の状況より悪くなることは無い 」と聞いていましたが
食肉業界からするとBSE(狂牛病)以上の影響を受けていると言う方もいます。

プライム店長の私の考えでは、不謹慎かもしれませんがこの状況を

「 楽しんでおります 」

というのも、お店の状況は確かに良くはないですが
お店の真価の見せ所なのです。

今、皆さんは何を信用できるでしょうか?
絶対安全だと言い切れる素材が見当たりますか?

セシウム汚染牛だって、食中毒の菌だって目で見ることは出来ません。
プライムはお客様・業者様と近い位置で接して参りました。

だから・・・

近い位置のお客様に安心して食べてもらえる食材を・・・

近い位置の業者様には無理な価格交渉や難題ばかりを押し付けたりもしません。

今の時代は
この信頼関係は何よりの安心安全なのではないでしょうか?

皆さんも家に友人を招くときには
「 美味しい! 」と笑顔で言われるのを想像しながらセッティングや料理しませんか?

友人が販売している物を購入するとき友人が損をするような、交渉しないですよね?

私たちがしている事はそういう事だと思います。

今、お客様が来店して頂けるのはそういうお店だと私は思っているので
今後残るお店になる為にプライムがやる事が一杯あるのが楽しくて、皆さんの
反応見るのも楽しみなんです!

これからもプライムは企画やイベントで皆さんに喜んでもらい、
今まで通り近い位置で接してどんな向かい風でも笑って営業できるお店を目指します!

現在プライムでは
「 サッカー日本代表観戦チケットが当たる! 」キャンペーンや
当初9月予定していましたが10月に変更して
「 ASTY45祭り 」の企画も進めております。

乞うご期待!

個人的にも自分にプレッシャー与えながらアクティブに活動していきます!

てんちょv





[2011/07/30 16:22 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
感謝!プライム18周年誕生祭ッ!
みなさんこんにちわ!

こちらは
札幌駅前の「 ちょっとだけ 」変わった店長のいる焼肉屋のブログです!

5月24日からのイベントにて
私の働くお店【 札幌駅前 焼肉レストラン プライム 】が

   18周年

を迎えました!\(^o^)/

18周年誕生祭では

生ビール(キリン一番搾り中生) 180円
ふらのワイン   180円
18周年特別焼肉盛り合わせ 1,800円

そ・し・て!
誕生祭の3日間限定の【 佐藤の牛カルビ 480円 】をご提供し、
皆様に少しでも感謝の気持ちを伝えられたかな?と思っています!!

この3日間では
プライム、そして私の友人達も来店やお祝いの言葉や品を頂き・・・

「 とっても幸せな3日間でしたッ!
    みなさんありがとうございます! 」


DSC_0322.jpg
DSC_0324.jpg

さて、プライムで今回開催した「 誕生祭 」
いつからやっているかというと・・・

私が店長になった15周年から!

生ビール180円。金額だけ見れば「 安いな~ 」と思うでしょうが。
各メーカーの「○年間契約」などで、無理なく提供出来ます。

他店でもあるかもしれませんが、私が店長になってから

「 協賛の分で、利益が上がる 」ではなく。
「 協賛の分で、楽しんでもらおう!」という考えから。

おかげさまで誕生祭も3回目を無事に終え、
当面の目標の【 20周年 】まで残り2年となりました!

【 東日本大震災 】【 ユッケ食中毒問題 】と、
色々ありますが、今後もプライムは変わらず前に進もうと思います!



ここから完全なプライベートな話ですが、
先日久しぶりに「 結婚式 」に出席しました!
DSC_0370.jpg

サッカー仲間ですが、とてもうれしい出来事で舞い上がりました!
お幸せにッ!

今プライムと私があるのは皆さんのおかげです。
ちょっと思い出した時や、店長・マネージャー・そのほかのスタッフの
顔が浮かんだ時には、食事以外でもお店に寄って下さい!

そして、プライムは今後も先を考え皆様を喜ばせたいと思います!
DSC_0358.jpg

こないだ一人で何度も撮り直した1枚(笑)
シックに決めてみました~「 実物と違う 」は言わないで!
てんちょv
[2011/06/01 16:30 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)
2回目の被災地入り(後)【 EN project japan 】
2度目の被災地入り。

今度は何かをする為に向かいました。

その何か・・・


project2 【 Shoes for tomorrow 】

<アスリートから、未来のアスリート達へ。子供達が一歩一歩進むための靴を届ける。>

曽田雄志 実行委員長が各スポーツメーカーに協力を直接お願いし、集まった運動靴・・・

約700足

小さいサイズから大人サイズまで

これを直接渡す為、そして元気づける為!

2011-04-06 11.14.09

志津川小学校では
震災の影響で遅れた、始業式・入学式の為に授業の余裕が無い中、45分という貴重な時間を
「体育」の時間として、アスリートとの交流の時間にしてくれました!
この限られた時間で、少しでも多く子供たちとの時間を作る為に
5~6時間掛けて、前日からスタッフとアスリートでやった事は・・・

子供達の上靴のサイズを見てサイズ毎の靴のチェックと、一足づつに名前を手書きで入れて
スムーズに子供達に手渡せる下準備。
en.jpg

これが終わる頃には外は外灯が無い為、真っ暗。
歩くのもままならない状況でした。
間で、先生たちが帰る前にと先生たちにも靴を配り、先生方も喜んでおりました。

先生たちも被災者なんです。

そして、大量の搬入・仕分けの状況も見てくれていたPTA会長さんが、
私たちの為に、当初予定していた現在使用されていない施設ではなく。
お風呂のついた施設を急遽用意してくれました・・・感謝です!

この町では海が見えない施設は少なく、避難所としてホテルなども抽選で用意されていましたが
応募はするものの、【 海が見える部屋 】という理由で、
「その部屋に長居できない・・・」という、町の人の話も聞きました。
海だけ見れば絶景の部屋が逆に恐怖の震災を思い起こさせているようです・・・

夜、アスリートの方々と色々な話をしましたが、心配は今後であるとの話がありました。
私は、親父の友人の魚介類の加工業を営む会社に立ち寄りました。
近所の同業の方々で協力し、仕事に必要な水を海からポンプで吸い上げて使える様に
なったようですが、地元の漁業が機能していない為、輸入の銀鮭などを加工して販売した所・・・

まったく売れないようです。

「 どうせ買うなら被災地で・・・ 」
と思う私ですが、買い手の意思は違うものかもしれません。

自宅も流され、何とか残った会社を動かそうとしても、結局は思い通りにはいかない様です。

プライムでは福島・宮城・岩手の和牛を一時的に買い付けたりしましたが、
これには喜ばれました。

北海道では海を隔てた分だけ、被災地の為に動きたい人がいる。
そんな人たちに少しでもこのことを伝えたいです。

そしてもう一つ「 野菜 」です。
私はこの会社社長の親父の友人と朝ご飯を食べました。
ソーセージ・ゆで卵・自分の会社で加工した「銀鮭」

野菜はレタス。

被災地では野菜が圧倒的に足りていません。
栄養バランスが崩れています!
これについても【 EN project japan 】では
何か出来るシステムを考えていますが、これは食に携わる飲食店の私達にも
無視できない状況だと思います。

私のやっている【 Twitter 】のフォロワーさんには
義援金を始め、小児の靴・手作りの雑巾・ペン・タオルなどを託されて
持って行き喜んでくれましたが
これは直接持って行った為、必要な所に渡す事が出来たから・・・が

毎日必要な物が変わり、受け取りがされづらい物も多々あります。

送る側の個人的な支援が、届かないケースもあり悩んでいる人もいると思います。
少量の物に関しては、特に。

現状見てきて、全て足りているとは思えませんが
今回の被災地では、まだ分配されていない「 義援金 」栄養の上では「 野菜 」が印象に残りました。

被災者は避難所も何度も移動し
現在の状況は現地の人間にしか、わからない事も。

被災家族で被災者に近い距離の私でも行かなきゃわからない現状には悩んでいます。

私は、今回の【 EN project japan 】のメンバーに
『 ここがどんな場所であったか 』などの道先案内や仲介的な役割での参加の為、
実際にアスリートの実演や交流には立ち会えませんでしたが、その後に頂いたPTA会長さん
のお礼の電話と、その時のスタッフの写真で子供達と学校関係者の方々の
「 笑顔 」が物凄く嬉しかったです!

何をしても良いが、相手の気持ちに少しでもリンクして相手の「 笑顔 」
を想像して取り組めば自然と繋がるような気になりました。

【 EN project japan 】のメンバーに被災地南三陸町に住んでいた人間として
感謝すると共に、被災地で協力してくれた学校関係者の方々にも本当に感謝です!

そして南三陸町では一家に一人という制限があるようですが、
瓦礫撤去に時給1,000円・海での作業に時給1,200円と仕事が出来ておりました。
加工業の方も含めて、あんな状況の町でも前向きにくじけず、やっている人達を尊敬します。

次回は大分先になるでしょうが、南三陸町の方たちにまた「 驚かせて 」頂きます!
北海道の方々にも継続的支援をお願いいたします。

前にも言いましたが、町では知らない人にも必ず挨拶します。

誰しもが助け合い「 古き良き時代 」の日本人に良い意味で戻れたらば
被災前以上の経済・生活になると私は思います。

あの頃の町が今も懐かしいです。
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札幌駅前
焼肉レストラン プライム
佐藤直樹
[2011/05/23 17:54 ] | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0)
2回目の被災地入り(前)【 EN project japan 】
前回、被災地入りした時は

・祖母を札幌に連れて来る。
・被災地のそして自分の生活した所の状況を確認し、北海道で伝える為。

今回は違う目的を持って行きました。

①震災2か月後の状況確認

②祖母の、り災証明書の取得

③プライムで集めた『義援金』を直接手渡しする事

④私、店長も参加していて、元コンサドーレ札幌の曽田雄志が代表を務める【 EN project japan 】の活動


前回4月5日に被災地南三陸町入りした時は東北はガソリンが無く、
一般の方は入りづらい状況の中、周りの助けもあり不安の中での出発でした。

今回5月12日に行く時は1か月での変貌の「 期待 」と自治体などの状況変化、
そして、【 EN project japan 】でTOPアスリートが与える地元への「 パワー 」

全てが前回とは違いました。

被災後初めて4月に現地入りした時に、いち早く現地の状況を聞きに来てくれたのが他ならぬ元コンサドーレ札幌【 曽田雄志 】、EN project japan代表として、震災前から決まっていた海外留学を後回しにしてまで、東日本大震災に正面から向き合いプロジェクトを発足させた人間でした。

その時に現地の状況を写真を見せながら説明し、
私が気になった避難所でサッカーをしていた子供達の「 靴 」の話を真剣に聞いてくれました。
このプロジェクトの発足の現場にいた私は帰札後に支援として非常に難しいであろう「 運動靴 」を提案しました。
これに対して曽田君は「 やりましょう 」の一発回答。
その後は各スポーツメーカーとの交渉の末、今回の被災地訪問、

EN project japan
project2 【 Shoes for tomorrow 】
<アスリートから、未来のアスリート達へ。子供達が一歩一歩進むための靴を届ける。>

に繋がりました。

被災地へ向かう実行委員及びアスリートは

実行委員長 曽田雄志(コンサドーレ札幌)
副実行委員 馬場杏輔(写真家)
副実行委員 八戸香太郎(現代書道家)
アスリート 飯村喜則(アイスホッケー日本製紙クレインズ)日本代表
      外崎 潤(アイスホッケー日本製紙クレインズ)日本代表
      春名真仁(アイスホッケー王子製紙イーグルス)日本代表
      阿部友和(北海道バスケットボールクラブ)

みなさんは5月11日夜にフェリーにての出発でしたが、
仕事の都合もあり、翌日12日午前7:45に飛行機で前回と同じ「 岩手花巻空港 」に向かい。
午前中には南三陸町に入る事が出来ました。

被災地入りした時は「変わってる??」と思うほどのトラウマの様に蘇る記憶と
ほぼ変わらない状況でした。
少し瓦礫をまとめ、不自然に電柱だけがきれいに立ち並ぶ光景でした。

まず向かったのは南三陸町仮役場「 ベイサイドアリーナ 」

こちらで祖母の「 り災証明書 」の発行手続き。
そしてプライムでお客様に協力して頂いた「 義援金¥300,055 」を手渡し。
義援金を持って行き、役場の方と話をしていると
「 町長を呼びますので少しお待ちいただけますか? 」と言われましたが、
証明書の発行も終わりタイトなスケジュールの為、折角のお話でしたが遠慮させて頂きました。
でも嬉しいですよね!

その後一度、志津川小学校に行き今回の学校との橋渡しをしてくれた
PTA会長さんを訪ねて、海水浴場のある袖浜にある親父の親友の自宅にお邪魔しました。
ここでは前回高台ながら、津波で経営していた民宿が倒壊し、津波の終着地でもあり
瓦礫が道を塞ぎ酷い光景でしたが、こんなに撤去が進んでおりました。

4月5日時点
4月5日

5月12日時点
5月12日

多少角度が違いますが、道が現れ海が見えるようになりました。
この光景の違いは震災前も含めて複雑でしたが、目に見える初めての形の変化でした。

そして、ここで【 EN project japan 】メンバーと合流。
実際に、自宅避難の親父の親友に家にあげて頂き、色々な話をしてくれました。

津波が来る前に5~6m位の放送だったのが
実際に見える沖にある島を見ると、

「 みるみる水位が下がり、オレンジ色の海底が姿を現し、その時点で避難している場所ではダメだと思ったから更に坂の上まで避難した。」

との事、私達ならば5~6mと放送されれば、「 そんなもんだろう 」と、最小限の避難しかしなかったはず。
海の近くに住み、危険なのをよく知っている地元住民の町の情報ではなく、今までとは違うという判断をした「 目 」が生存に繋がったのです。

そして、ちょうど下校時間の孫を「 助けに行け! 」と息子に言った後に、
「 息子を自分が殺してしまったかもしれない・・・ 」と、よぎらせる程の驚異の津波が襲ってきたのです。

こういう話を真剣に聞くメンバーと私達、普通には聞けない話を聞かせて頂きました。

そして、地元の方の北海道や世界の方々へ「 恩返しをしなければならない 」との言葉に
こちらは「 出来る事は探してでもやらなければいけない 」と思わせました。


アスリートにはどう映ったのでしょうか。

次回につづく。
[2011/05/17 17:45 ] | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0)
南三陸町より2日目(後)
今回私達プライム店長・マネージャーの育った小さな町が

津波にのまれました。

祖母が避難所生活し、その後隣町の登米市の病院へ搬送され
祖母を北海道へ連れて来る為、そして現地の情報と親父の友人などに会う為に
第二の故郷「宮城県本吉郡南三陸町」へ向かいました。
みなさんには知って頂きたい現地のリアルな情報です。

全てを一回では伝えられませんので何回かに分けて。


4月6日(2日目)午後

この日の午後は南三陸町の仮役場が設置されている本部「 ベイサイドアリーナ 」
札幌で言う「 きたえ~る 」の様なスポーツ施設に向かう予定でしたが、

その前に近隣の親父の友人に会いに・・・

親父の友人は家は流されましたが、高台にある自分の会社(水産加工業)に避難しております。

会社はあれど、ライフラインはこちらも皆無、仕事をしたくても出来ない状況。
こちらの会社はこれから「 銀鮭 」などで稼ぎ時、この町は民宿・漁業・加工業と冬の間を
我慢し、これからの時期から・・・という時。

被災後の脱力感が半端でないです。
それでも、出てきた言葉は「 遠い所からよく来たな~ばあちゃん大丈夫だったか?
良かったな~良かった。飯食ったか?」と他人の心配です。

私は被災で家を無くした事やこの荒野の状況に、気を取られましたが加工業も今後の
道は?形の残った会社家屋ですが、この町の仕事の動きは先が見えないのも事実。
家屋の維持も含めて大変です。

そしてこの「 銀鮭 」はある人に聞いたのですが、北海道釧路市などの稚魚?卵?を購入し、
養殖していると聞きました。

という事は、北海道の販売業者は売り先が無くなってる・・・という事です。
他人事ではないんです。全ての面で。

ただ、この震災がもし真夏の海水浴客や観光が多い時期なら・・・身元の確定はより
一層大変な事になっていたでしょう。

親父の顔見て「 来たか~ 」の緩んだ顔は忘れられません・・・




そして「 ベイサイドアリーナ 」
こちらは総本部となり、自衛隊・消防など全てが集まる場所。

お医者さんは「 イスラエル医師団 」が被災者のケア・治療に来ていました。
地元の方も非常にしっかり見てくれている為、大変感謝していました。

この町唯一のお風呂もこの施設内、自衛隊が設置したお風呂に時間分けされて
各避難所から「 ベイサイドアリーナ 」まで入りに来ます。ここしかありません。

ここの総本部ではプレハブで仮役場があり、住民票などが取得できます。
こちらでの住所変更などで、本籍が南三陸町志津川・・・と入っていれば
当面は北海道に来ても治療は無料で受けられるとの事です。

こちらではボランティアスタッフなども多数おり仕事を手伝っておりましたが
目についたのはバタバタとしている光景です。
被災から3週間たった今も手続きが容易ではない上に、
被災家族への配慮に欠ける部分も見えました。

「 国は被災者への保障をしたくないのか? 」と思わせる事があり、疑問を
感じました。

ここ「 ベイサイドアリーナ 」での奇跡は多数避難者やボランティアなどが
入り混じる中で、前回志津川小学校の避難所で会えなかった親父の友人の
「伊藤さん」にバッタリあった事です。

同じく証明書などの申請に来たようですが、非常に対応に怒っておりました。

ベイサイドアリーナでの出来事は何か皆さんを混乱させそうなのでブログでは
伏せさせて頂きますm(__)m

手続きが一通り終わりましたが、札幌からまた南三陸町に手続きに来なければ
ならなくなりました。
例えば身内のいなくなったお年寄りだけでこのベイサイドアリーナでの手続き
などが出来るのか??

これも疑問です。




この後はまた親父の友人宅へ顔出しに・・・
そこでも子供が外で遊んだりして、子供の無邪気な行動に大人が助けられている
ように見えました。

そして、「 暗くなる前に町から出るんだぞ・・・」とも気をかけて頂き
午後2:30頃友人宅を後にしました。


ここで私と親父は2人で一緒にこの南三陸町
でたった一つだけ無理をしました・・・


それはこの家族に「 あったかいケンタッキーフライドチキン 」を届けてあげたい。

というのは、宿泊先に向かう時にケンタッキーの看板「ここから1.5Km」という
のを見つけていたから・・・

旨いもの食べさせてやりたいな・・・

飛ばせばギリギリ夕暮れには町を出れるのも、この滞在で時間を確認しながら行動
していたのでわかっていました。

どこにあるのか分からないし、商品があるのか営業しているのか分からないけれど、
あの看板目指して向かい。
地震の影響で橋が通れず迂回し渋滞の中、気づけば「全然1・5kmじゃないだろ~」
みたいな所まで・・・そして買い込み。

再度南三陸町へ・・・この時すでにPM4:00

PM5:30には南三陸町を出なければいけない。

かっとばして現地に着いたのはPM5:45。
到着後には走って家まで二人で届けると、先程別れた私達が戻ってきたのに驚き、
何で来たのか知ると家族みんな出てきて喜んでくれました。

まあ少し照れくさいのも、時間が無いのもあり、一目散に車で町を出ました。

今回私たちが帰って来た日、震度6強の地震がこの町を襲い、持ちこたえていた
親父の親友の民宿の屋根も落ちました。
またも津波の危機を感じ恐怖を感じたことでしょう。
これからも見守り、無事と早期の安心した暮らしを願います。


私たちの今回出来る南三陸町で出来る行動はあまりにも少なかったかもしれないですが、

行かなきゃわからない事が多かった私達の中では価値ある滞在でした。

今回来たことで北海道に戻ってする事が見えて来た事で
人に伝える事も、よりリアルに伝える事が出来ます。
これは相手に身近に感じてもらう為に必要な事です。

被災地はここだけではないです。
太平洋側、そして北海道でも多数の地域で被災を受けています。

何かをしたいとは思っているはず、でも行動が大事です。
仲間を集める事は出来るず、仲間に継続して共通の意識を持ってもらうのが難しいです。

今被災地では「 今はこんな生活で皆さんに助けてもらってるけど、この助けを無駄にせず
復興という形で見せる! 」という人が多くいます。

今必要なのは被災されていない方が、普段通りの生活を維持して
元気な地域を増やす事。

↓↓↓

元気な人が、元気のない人を元気にする手伝いをする事。

消費も含めて同じだと思います。
プライムも、ずっとは出来ないでしょうが、

今回 黒毛和牛を【 宮城県 】【 岩手県 】を出しております。
もちろん希望の方には北海道産もご用意していますが、出来る事はしていきたいと思っています。

そして南三陸町に、これから向かう人は是非ご一報ください。
教えれる事はお教え致します。

個人として出来る事は限られております。

{ 私は }
思い出の写真や、思い出の品が無くなってしまい
友達もいない北海道札幌での生活で少しでも多くの新しい思い出を作ってあげる事と

{ プライムとしては }
今まで沢山のお客様に来て頂き、沢山のお友達が出来たお店ですので
今後初めて来るお客様も含めて、被災地の状況や被災者の思いも伝えて少しだけかも
知れないけれど、継続的な支援を被災地に向けて出来れば・・・と思います。


そして来週から本格的に始動する
元コンサドーレ札幌 曽田雄志氏が代表になり、
誰でも理解し易い、社会貢献活動・支援活動の団体

「 EN project japan 」

は15日~札幌駅地下歩行空間にて北海道のアスリートが集まり
「 東日本大震災 」への義援金活動をします。

誰しもが助け合い「 古き良き時代 」の日本人に良い意味で戻れたらば
被災前以上の経済・生活になると私は思います。
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私がどれほどみなさんにこのブログを通して伝えれたのかはわかりませんが
私がいる事で被災後、身近に感じてくれた人はいるはずです。

今後もちろん私は南三陸町志津川に行く事になるでしょう。

そしてあの傷跡を絶対に忘れはしないでしょう。

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私はあの町の人達の力強さに今後驚かされる事を希望します。



長々とブログにお付き合いありがとうございましたm(__)m
今後もよろしくお願いいたします。
焼肉レストラン プライム

佐藤直樹



[2011/04/12 19:19 ] | 未分類 | コメント(3) | トラックバック(0)
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