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北海道発→東北支援ツアーに帯同して。vol.02
【 北海道発→東北支援ツアー第2弾 】に帯同しました。
前回ブログの続きです・・・

石巻での「 芝刈→ガレキ撤去 」皆さんの頑張りで・・・

これが
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こうなりました!
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どれだけ芝の下にガレキが隠れているか・・・

そのガレキの下には会ったことない方の思い出も・・・

この芝刈・ガレキ撤去グループの方は最初の活動をどうかんじたのでしょうか?

この現場に向かうまでの間に少し歩きました。
町の中でもキレイに整備されたブロック・荒れたブロックを見ながら。

被災地は私達の様なボランティア団体が幾度となく入って
ブロック毎にキレイにしていく・・・

私達が石巻で活動した結果
現場に向かう間に見た・・・
町の中でも、ふとして感じたブロックの違いを新たに作りました。
そのブロックの一つを自分達が手がけたのは知る事が出来たのではないでしょうか?

時間にして約4時間の石巻での活動での
他のグループの詳細はこちらで→ EN project Japanブログ

最後に「チーム神戸」の金田さんに、現状の石巻ボランティアの動きと
今後意識して欲しい事などのお話がありました。

午後4;00
そして再びバスで次の目的地・・・

私の親父の故郷で自分自身も幼少期を過ごした町・・・
南三陸町志津川へ

バスの中では泥まみれになり、疲れ果てたでしょう。
静かに南三陸町志津川で宿泊の【 ホテル観洋 】へ

こちらのホテルは入り口のある階が「 5階 」で岸壁にホテルがあり、
何もなければガラス張りで絶景が見える高級ホテル。
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私のイメージではこの付近に住んでいる方々の
結婚式の定番はこちらのホテル・・・というイメージ。

勿論こちらのホテルも津波の被害を受けました。
震災後は避難所として場所を提供し、復興に向けての数少ない宿泊施設として
今も数々のボランティアが寝泊りしています。

私が震災後伺った時には、
水も満足に使えず、4階から下は復旧していませんでした。

実際に避難所として、抽選で当たったのですが
「 海が見えすぎて怖い・・・から住めない 」
という事をおっしゃっていた方もいました。

こちらに着いて参加者は食事の時間を迎えます。
石巻でのボランティアを終えバスの中で少し眠り
被災地での緊張がほぐれたせいか、
グループでのコミュニケーションも少し取れ始め笑顔も出てきました。
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ホテル観洋の食事の中に
私の幼少期の思い出のメニューがありました。

味噌汁・・・

味噌汁の中に入っているのは「 仙台麩 」
志津川に住んでいる時、婆ちゃんが毎日作ってくれた味噌汁の中には
高確率でこの「 仙台麩 」と「 サヤエンドウ 」が入っていました・・・

震災前に志津川に行った時も食べました。
今思えば地元スーパーにも大きく陳列されていて、地元色の強い商品だな~

食卓には「コゲの付いたご飯」と「仙台麩の味噌汁」「焼き魚」がほとんど。
肉を食べたイメージが・・・ないッ!

なのに今、「 焼肉屋 」・・・それともそのせいか?

食事が終わり少し自由時間・・・
スタッフは次の日のボランティア活動の確認作業に追われました。
現地と綿密に打ち合わせても予定通りには行かないのが難しい所。

午後9:00

今回ツアーで参加者に当時の様子を話してくれたのが
写真集「 南三陸から 」の著者 【 佐藤信一さん 】
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南三陸関係者でもはや知らぬ人はいないのではないでしょうか?
震災当初に自分への葛藤がありながらもシャッターを押し続けた佐藤さん。

私の所属するEN project Japanの南三陸での活動はこの方無しでは語れません。

前回コーディネートしたススキノニューハーフ「 ららつー 」の皆さんの前で
語り部をお願いした時に

北海道から来るボランティアさんには聞いて欲しい!と思い、
忙しい中スケジュールを空けていただきました。

そして、このツアーで重要なキーマン
ガレキーホルダーの発案者でEN project Japan現地スタッフ

【 中田源 通称 ゲン 】とゲンの同級生【 蓑島和憲 通称 カズ 】
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(左 ゲン 右 カズ)

石巻での活動から合流し、作業指示も的確!
この二人無しでも考えられなかったツアーでした!

男性スタッフ全員で露天風呂に入り、ツアー2日目が終了。


< 3日目 >

午前7:30
朝食後に3グループに別れての「 南三陸町でのボランティア活動 」

1,南三陸町ボランティアセンター(約25名)
2,【 南三陸さんさん商店街 】の開店前日設営(約25名)
3,【 民宿 下道荘 】への刻字製作(彫刻・色付け)(5名)

私は次の日OPENの【 南三陸さんさん商店街 】の帯同スタッフとして
復興商店街実行委員の首藤さんと打ち合わせし、作業へ・・・

最初はテント張りから!
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テント張り終了後、昼食挟み更に細かい班分けで
30店舗ある商店街のお手伝い。

【 幟設営班 】
公道のガードレールにひたすら幟をくくりつけて行きます・・・
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【 写真パネルブース設営班 】
用意された写真を壁に飾って行きます。
昔の南三陸と震災後の南三陸を写真展の様に・・・
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ハンマープライス! では無い・・・

明日のOPEN入場案内をラミネート係もこちらで作業。
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【 「わたや」さん 店内POP作成班 】
お店の店内POPをペイント作成!
デザイン学校の二人が手書きで真剣に書いてます・・・しかも表裏で・・・
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今回のツアーで一番コミュニケーションが取れた二人なのでは?
最後はお店の方と記念撮影!
出来栄えと取り組む姿勢で、すごく感謝されました!
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【 会場設営班 】
商店街にある広場の設営準備、テーブルや椅子拭きの他にも
パーテーションを作ったりと大仕事もありました!
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午後3:00  作業終了!
色々仕事を頂いた「首藤さん」に全員でお礼をして、
南三陸町での最後の活動へ→→→

午後3:30 
ホテル観洋で作業中の【 刻字製作班 】を迎えに!

・・・・スゲッ!

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製作時間6時間(八戸香太郎の書の下書き時間除く・・・)
ツアー参加者の想いの詰まった、素晴らしい物を作ってくれました・・・

この「 刻字 」を寄贈する為に、全員で袖浜という海水浴場のあった場所の近くにある
【 民宿 下道荘 】へ
みなさんが下道荘へ向かうために登ったこの坂道は・・・
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震災前は少し登れば、この様な風景でした・・・
images 袖浜
左の家は下道荘主人の菅原さん宅。
旧下道荘の看板も少し見えます。

下道荘へ到着した総勢60名
御主人の菅原さんが迎えてくれました!
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製作者及びツアー参加者を代表して、団長「 八戸香太郎 」から寄贈
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裏面には今回参加したメンバーが直筆した名前が入っております。
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今回のこの「 刻字製作 」を私が発案の想いは
【 またこの町にまた来て欲しい・・・ 】

私は震災後何度かこの地を訪れて、皆さんに言われるのが
「 次来た時はもっと良くなっているから!見に来てな!頑張るから! 」
私達が来る時には・・・が、心の何処かで小さな目標になっているのかな?
と感じました。

この「 民宿 下道荘 」の菅原さんは私の親父の親友です。

震災で自分の建てた民宿が全壊し、
ツアーの一週間前に再建しリニューアルOPENしました。

私は何度も菅原さんと話をしましたが、お金があるから出来る訳ではないんです。
「 孫の代にも迷惑掛けるかもしれないけど、町を戻さないといけない。 」
とおっしゃっていました。

このツアーの参加者が北海道に戻っても、
この「 刻字 」が南三陸町志津川にある。

これは、再来のキッカケになるのではないか? と考えました。

5年後、10年後でも

私はこの地に参加者の方々に再び立って欲しい!


そして、この「 下道荘 」を訪れた時にこのツアーの事を思い出して欲しいです。

下道荘の方々と、その頃の話を懐かしんで欲しいです。

確実に今回のツアーでは

現地に形に残る「 足跡 」を残したのですから。


南三陸町を足早に去り、帰りのフェリーへ乗り込むと
最初は無かった光景がありました。
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< あとがき >

今回のブログを最後まで読んでくれた方・・・ありがとうございます。

EN project Japanでは特殊能力の無い私ですが、

実働部隊で差を埋める事しか出来ないな・・・と再認識した旅でした。

ツアー当日まで、どうやったら参加者が充実した4日間を過ごせるか、

スタッフ全員が下準備も含めて真剣に考えました、中でも

【 団長 八戸香太郎 】【 副団長 沼澤真也 】に感謝です!

そしてツアーの広報としてポスターなどを貼りに積極的に動いてくれた

EN youthの皆と、今回スタッフとしていてくれた【 磯由衣花 】に感謝!

本当にありがとう!

このツアーでは半数が学生でしたが、学生の頃にお金を出してボランティアに行く

この選択肢が同じ状況になった時に自分にあっただろうか? と感じます。

「 ゆとり世代だから・・・」

よく聞きますし、思った事もあります。

だけど、こんなに意識の高い学生も沢山いるんだ・・・と感じました。

社会人の方々も仕事の有給や理解を得ての参加・・・

皆様の想い、責任のある立場だと感じ出発しました。

自分ではツアーにおいて、どこまで伝えられたかわかりません。

ただ、帰りのフェリーで私が参加者に対して話した事は素直な気持ちです。

「 私は南三陸町びいきです。 」

自分が幼少期に過ごした町、婆ちゃんの生活した町、親父が育った町。

私事ですが、昨年9月4日に親父が亡くなりました。

今回お世話になった菅原さんも、地元の親父の取り巻きも勿論自分も・・・「 なぜ? 」

皮肉にも私が南三陸へ支援ツアーの下見の前日の事、この親父の死が自分への宿題になりました。

私は、のどかなあの町を知っています。

その町を知って欲しいから、バスの中でもホテル観洋でも南三陸の話をしました。

話が下手なのに、話すほどに頭に少し前にあったあの町が蘇ってきて伝えたくなります。

副団長として、参加していながら個人的な想いが強くて参加者及びスタッフには

申し訳ないです。

ただ、このツアーを通して被災地を南三陸の現状を皆さんに知ってもらいたいという

気持ちが強くありました。

それを知ってもらい感じてもらうことで、現地の復興の加速に繋がる。

間接的でも直接でも東北復興加速が南三陸復興加速になるはず・・・

私は親父がキッカケで南三陸町で生活し、町との繋がりを得て現在の活動に至ります。

EN project Japan 曽田雄志 と出会い、プロジェクトメンバーと出会い、

活動を通して南三陸に対しても大きく動いてもらっています。

EN project Japanで活動してるからこそ、今回のツアー参加者とも会えました。

震災について、身近に感じなかった方々がツアーを通してでも

私のお店に来てでも、私と友達になってでも、身近に感じてくれれば・・・

私の行動も無意味ではないと言う事です。

あーーーーッ!
のどかなあの頃の志津川をみんなに見てもらいたかった!


婆ちゃんの家の昔毎日の様に昼寝をした縁側は帰ってこない。
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当たり前が、当たり前ではなくなって、もうすぐ一年。

みなさん、どう考えますか?

最後に・・・全てのみなさんに・・・

ありがとう!



てんちょv & 副団ちょv















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[2012/03/01 19:36 ] | 未分類 | コメント(2) | トラックバック(0)
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コメント
感謝と感動
酔ってたら完全に泣いてます。
ありがとう。
[2012/03/01 20:30]| URL | ぬま #- [ 編集 ]
熱い思いあるからやってる
それだけで十分な理由っす
直樹君がいるからこそできたツアー
だと思いますよ。正直全部ボラは
ボラセンに委託したほうが安全で確実だけど
地元の方と触れ合う為には一か八かだけど
ああゆう行程でよかったし、南三陸びいき
がなければそこまでできていないと思うし。
よかったです
[2012/03/02 22:34]| URL | genn #- [ 編集 ]
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